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清竜人25の解散について

 清竜人25が昨日(11月20日)のライブ中に解散を発表しました。今、解散を発表した時に歌っていた新曲を聴きながら、キーボードを叩いています。とてもいい曲です。個人的な感情が色々と湧き出てきています。しかし今はそれは措いておきましょう。解散の発表にあたって、清竜人25というものを今ここで改めて整理して考えておきます。そして離婚ではなく解散と言われた理由も。

 とはいえ何から考えていくべきなのでしょうか。ここでは以下の文章を足掛かりにしたいと思います。

 この香月孝史さんによる文章は、清竜人25を考える上で基本となる文章だと思います。この文章では、清竜人25の「演劇的」であることが指摘されています。そうです。演劇だったのです。そして来年の6月にその3年にもわたる演劇が幕を閉じるのです。それは、「夢でも現実でもない」「僕らだけの世界」だったのです。

 演劇である以上、終わりがないはずがありません。それが普通の演劇より長かったというだけのことです。終わりのない演劇などもはや演劇ではなくて、それは私たちが現実と呼んでいるものでしかないでしょう。

 ただ、こうした指摘をするまでもなく、今回の解散は予見できたことでした。竜人くんは、当初からインタビューで飽きたら辞めるというような発言をしていました。もちろんこの言葉は完全に本気ではなかったでしょう。いくら竜人くんとはいえ、自分の気分だけで解散を決めることは無いはずです。しかし、最初から解散を頭に入れて逆算して曲作りやプロデュースを行ってきたはずです。「物語は想像以上に進んでいた」とはいえ。

 それゆえ、今回発表された新曲が作られたのはもちろん最近かもしれませんが、その曲の歌詞そのものが解散を発表するためのものであると同時に、ラストコンサートの告知のようにもなっているというような演出は、当初から竜人くんの頭の中である程度描かれていたと考えても何ら不思議ではないと思います。今までのインタビューを読んでいれば、竜人くんがそれくらいのことは考えている人だということが分かると思います。

 つまり、清竜人25にとって解散は織り込み済みのことであったわけです。解散というのはアイドルにおける一大トピックであり、当然それは多かれ少なかれネガティブなものでしかありません。この問題に対して、例えばPerfumeNegiccoといったグループは従来の未熟から成熟へという成長物語の図式を逃れることで、息の長い活動を行っていく可能性を示してくれています。清竜人25は、この解散という問題に対してそれとはまた異なった解答を示してくれているのかもしれません。少なくとも清竜人25の解散は、普通のグループの解散とは少し意味が違っているというくらいのことは言えるのではないでしょうか*1

 以上のことを踏まえて、なぜ解散なのかについて考えておきます。ここでは、清竜人25を演劇として捉えてきました。演劇には終わりがあります。しかし、その終わりを離婚と呼べば、ある意味ではまだ演劇が続いているとも言えます。だからこその解散なのではないでしょうか。それはもう演劇の中の出来事ではないというわけです。その先に待っているのは何でしょうか。本当にただただ終わりを迎えるのか、それともさらなる「次のページ」が待っているのか。とにかく12月5日を待つしかありません。

*1:当然ですが、今回の解散に関して、個人的に何とも思っていないなどということはありません。念のため。


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